9/19 感覚器として
今日の日経新聞夕刊の16頁に、丹羽政善さんによる「イチローと視力」題された小論が掲載されている。先日、メジャーで6年連続200本安打を達成したイチローが、20メートルと離れていない三塁コーチのサインを確認するのに目を細める様子を記すと同時に、視力が目標物を捉えるだけでなく、よく聞く動体視力、そして周辺状況を把握する周辺視力も含めて、「感覚器」としての良し悪しの判断がされることについて書かれたものだ。
この「イチローと視力」についての事象は、(一般的な、いわゆる「視力」が)「足りてないところ」で動く、活発な何か、を「感覚器」として言葉に表している様が見える。
感覚という言葉と必ずしもイコールでは無いが、肉体、言えば物体という劣化/減衰するものとの付き合いを必要としている事実に、気づかされることが最近、多い。
