5/26 猫のつづき
何度も通る道、というのは、当たり前だが色々とよく覚えてしまう。一昨日の夜に猫を見た道では、今朝も同じところっで猫と出会った(上り下りは夜と逆だが)。あっちも通り道なのだろう。これからもよく会うはず。
「場所の記憶」と言ったとき、それが他人と共有するものとしてのという意味なのか、自分の記憶に残っているというごく個人的なことなのか、ということを考えてみる。
さっきの猫とのことに戻ってみると、「場所の記憶」の中に動くもの(生き物)が入っていることもあるな、と思う。そうなるとまあその時点で自分だけでは無いかな、と思ったりもする。
ただ、おれはアレよく覚えてるんだけど、なんだ、ぜんぜん覚えてないんだ、そっか、ということもよくある気がする。実際どうなのだろう。
あと写真というのも、自分の記憶が部分的なことを思い返させると同時に、ホント部分的なもんだな写真というのは(もっと右を写せ)、という風にも思うので、なんだか万能なことなどこの世に無いなあ、と考えてしまったりする。今夜は蒸し暑い。
