12/31 行く年の決算(前)

いろいろと書きたいこともあったけど、2012年はすでに大晦日、という話。
今年は、AAPAもグループというより個人という流れが、Facebookなどもあるなかで最終的に加速した年だなと思う。もうこの流れは、どうにもならんかと。自分も夏にマレーシアとシンガポールに行って、もうこの流れだと踏ん切り着けた形になった。

AAPAはこれからどうなるについては、結果的には踏ん切り着けたことでやりやすくなったこともある。これまでの延長という形にとらわれずと言うのがいいかわからないが、新たな人とズンズン関わっていく方向にためらいはなくなった。2013年のAAPAは、新年になってすぐの2月と、そして4月に、ともに横浜でそれぞれ新作の公演をします。かなり新しい人に参加していただくことになりました。2010年あたりとだいぶ違う。

AAPAはもともとプロジェクト単位で参加者が変わる形で始まったけれど、2007年に自分が演出を始めてからは継続して関わってもらうことが多かったので、ここまで変わるのはひさしぶりだと思う。そういう意味では、もともとグループとしてしっかりあったわけではなく、何となくぬらっとあっただけなので、そういうのもそろそろよいんでないかい?的な空気が強くなった結果、今回のような「リスタート」に近い形にいたる。ということだと思う。
と書いたところで、まだ公演の詳細が公開されていない現時点では何が変わったんだかよくわからないと思いますが・・1月中旬までには公開できるようになるので、もうしばらくお待ちください。

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それにしても、今回の変化はそれなりに大きいと自分でもかんじるので、すこしその原因らしいものについても書いてみたいと思う。ひさしぶりに個人のFacebookではなく、このAAPAのサイトを使って。

振り返ると、2年前に「上本竜平/AAPA」として参加した、JCDN主催の「踊りに行くぜ!! セカンド」が、今回の変化のきっかけとして大きいと思う。今年度(公演は来年)の詳細はコチラ

その今年度の企画を見ると、AAPAが2年前に参加したときの作品(『終わりの予兆』)に環境音響として参加・出演していた國府田典明が「報告するぜ!!」という作品制作の様子をおっかけて報告してくれるブログに書き手として参加することが、紹介されています。そして、AAPAが参加した2年前のときの「実感や実状」についても、國府田くんの視点から書いたものが投稿されてたりするので、それをもとに、すこし考えを書いてみたいと思う。

先のブログで國府田くんが書いていることについては、本人が自身の視点から書いていることなので、書かれている通りです。演出家とは自分(上本)のことなんで、その意味で個人的にはいろいろと問題や課題があり、それに悩んだり格好良しとは言えない答えを最終的に出した記憶があるので耳に痛いが、この内容は概ねあっていると思う。けっこうオブラートに包んだ書き方がされているので、当事者とその他の読者では読み取れることは違うだろう、という点を含めた上で。

そして補足するなら、最後の段落で書いてあることは、この企画を取り巻いてしまっている環境についてきちんと触れていて、奥の深さを感じさせてくれます。

で、まあ話はAAPAのことにもどして、このようなことがあった2年前の「踊りに行くぜ!! セカンド」への参加と、その最終公演の場所だった東京公演の初日に震災が起きて、それから2か月後に再創作してなんとか上演を終えて、という流れがもたらしたインパクトは、ぬらっとグループだったAAPAにとって、それ相当に何かあったと思う。2011年度の予定は既に動いてたから2012年3月まではやりきったが、それ以降に新たに出していくものは、すんなり出なくなり、出さなくなった。

先に話に出た、演出としての問題や課題に壁を感じたこともあるが、それよりもぬらっとだろうとグループとしてAAPAを続けていく必然性が、かなり無くなってしまっていた。最初に書いたとおり、グループより個人、政治より個人という流れが、周りでも自分のなかでも大きくなり、もう止まっていない。2012年4月には、最小単位の「ふたり」になった。既に「ふたり」では、社会的な関係とは言えない。

2012年のゴールデンウィーク、自分はだいぶひさしぶりな気がすると思って、休むことに決めた。夏にマレーシアとシンガポールに行って帰ってくるまで、ずーっと休んでいた。(たぶん、続く)

2012年12月31日(月)

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