Migrate (13)

11/18 『Migrate』終了

AAF(アサヒ・アート・フェスティバル)2008」参加企画の一環として、11/15,16にアサヒ・アートスクエアにて公演を行いました『Migrate』は、ぶじ終了致しました。

ご来場いただきました皆様、誠に有難うございました。
近いうちに、WEBにて公演内容のご報告をできればと思います。

2008年11月18日(火)

11/5 今回の料理は?

11/15, 16にアサヒ・アートスクエアにて行う、『Migrate』のオリジナル料理のコンセプトが決まりました。詳しくはこちらをどうぞ。

ここのところAAPAの公演の恒例になってきている、モコメシによるオリジナル料理。今回も楽しみです。

2008年11月05日(水)

10/31 様々な姿

11/15,16に、アサヒ・アートスクエアで行う『Migrate』の公演情報ページにある、演出ノートの部分を少し追記。岐阜公演の前に行った森ツアーのときの写真と、東京近郊でフィールド調査を行ったときの映像を載せてみました。

2008年10月31日(金)

10/20 西も東も

今日から10月下旬。先週は、11/15,16に本番の『Migrate』の稽古を進めつつ、舞台で使う映像の撮影をしに実家のある西の東京近郊・八王子(片倉)へ。G-net TOKYO の不破さんと、その前の週に当たりにつけておいた撮影スポットを周っていく。途中、難所(自分が高校か大学の頃に丘が切り開かれて新しく車道ができたところ)に出くわすも、不破さんの果敢な挑戦のおかげで、ぶじ撮影完了。

かなりの急斜面をカメラ片手に登るふわさん
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小学校時代に遊んでいた場所を、こうしてあらためて周る機会もそうそうないと思う(自分は15年振りぐらい)ので、貴重な感じがした。実家の周りは、昔と変わったところは一部だけで、どの場所もけっこう小学校の頃の記憶と変わらなかった。思った以上に自分が野山だらけの場所で育ったことに気づく。中学から別の街に通学し出して、けっこう忘れたんだと思う。


そして先週末は、アートラインかしわ2008のキックオフパーティがあったので東の東京近郊・柏へ。関係者がたくさん(60人以上?)集まっていたけれど、会場が丁度よい大きさで、初めてのひととも距離を感じずに近づいて話せる雰囲気が良かった。暗めの照明も、その雰囲気をアシスト。その他もろもろ、パーティは事務局の方々の心配り満載で進む。思いっきり至近距離で、割烹着姿の食堂のおばちゃん風衣装で弾き語りライブを聞くことになっても、なんか自然。さすが柏。

明日は、会場使用の最終案を説明するため、再び柏に。
柏駅周辺を回る、3回目の宣伝活動もしてきます。

2008年10月20日(月)

9/15 岐阜の舞台風景2

昨日の写真では見えなかった、右側部分はこんな感じ↓

gifu2.jpg

奥で踊る永井さんの左脇に見えるのは、人工林の倒木が起きている現場。
その様子を、間伐材で作られたダイニングセットとボックスが挟む光景がなんとも。

しかし、やっぱり舞台上の状況についての解説が、必要な気がする。
動きの説明ではなくて、舞台空間にあるもの(イメージ)についての解説。

どうするかな。やっぱり始まる前にレクチャーだろうか。
あるいは、こんな風に後日するとか? 来てくれた人に案内出せなきゃダメだけど。

2008年09月15日(月)

9/14 岐阜の舞台風景1

東京から駆けつけてくれた高校の先輩が、舞台に隣接する日本家屋の2階から撮影してくれた写真。これでも全景が入らない・・(右側に立体装置が2つある)

gifu1.jpg

2008年09月14日(日)

9/1 岐阜から戻りました

8/30,31と岐阜県郡上市明宝で行ったパフォーマンスが終わり、先ほど横浜に帰ってきました。今回の感想を、総論的にですが以下に記しておきます。

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岐阜の四方を山林に囲まれた場所で、森林に関するレクチャーに続いて『PAPERGATE』(デュオバージョン)を上演するという経験は、上流(山間部)と下流(都市部)の「距離」というものを、すごく直接的に、自分たちに伝えてくれたと思う。

上流と下流は、互いの距離にしろ環境にしろ、物理的にはとても離れている。だが、それぞれにある精神的な感覚やセンスには、遠いものも近いものもあるように思える。シンプルなその思いつきを手がかりに、上流と下流の遠近(距離感)を確かめることを目標に掲げて、今年の初めから、岐阜の山間部と都市を繋ぐプロジェクト:「Migrate(マイグレイト)」に取り組んできた。

この8月の岐阜でのパフォーマンスを終えたところまでの経験は、その最初の一歩で、「距離」とは何なのかということを、現場に身を置くことで、考えるより先に体感として残すことが目的だったと思う。だから、たがいに理解し合えたことはまだまだ少ないと感じるが、次に向かって何を感じて進んでいけば良いかは、からだで実感したと思う。

今、あらためて感じているのは、「距離」というのは簡単に超えられるものではなく、深さを持つ、ということ。

そのことを確かに描きながら、流れとして繋がっていることが持つ、近さについてどう表していくのか。11月にアサヒ・アートスクエアで行う公演に向けて、考えている。(上本)

2008年09月01日(月)

8/15 夏らしい夏

8/30,31の岐阜公演まで、あと2週間。この公演に向けての準備は、3月の旧桜木町駅舎での「PAPERGATE」の公演が終了した翌週には岐阜に訪れ、実際に山に入るという形ですぐに始まった。そしてそれからひたすら、森に関わる様々なことについて、本を読んだりネットで調べたり、実際に様々な形で森に関わっている人々と出会い話を伺う、ということを重ねてきた。

そしてこの企画のコンセプトである「Migrate(マイグレイト)」の名の通り、森を知ること・体験することから、舞台の構想を練ること・稽古をすることに至る距離を、繰り返し「移動」していくことが、今回のプロジェクトには必要だった。これが簡単ではなくて、舞台を上演する場の「環境」に深く関わることと、実際に自分たちが行う舞台作品の創作との間に、どういう関係があるのかハッキリしない状況のなかで、その「関係性」を見つけ出すことができないままでいると、なんで離れた2つの間を「移動」しているのかよくわからなくなってしまう。
どうすれば、と繰り返し立ち往生するなかで、何度も「とりあえず中継点に設定した森に立ち返る」ことでようやく、移動してきたな、という感じ。今回はまさに、舞台作品を作るための時間以上に、舞台の背景になる「森」について知り、体験することに時間をかけたと言って良いと思う。

これだけ、舞台にとって「環境」になるものに時間をかけたのは、AAPAの活動を始めるちょうと1年前に、地域で文化活動をする魅力を見つけようと、サザンビーチちがさき(神奈川県茅ヶ崎市)で学生仲間と海の家を作ろうとしたとき以来だ。ある意味なつかしい、夏らしい夏かも。

2008年08月15日(金)

8/1 「森」なわけ

次回公演は、主催のG-net TOKYOが運営するサイトのこちらの詳細ページを見ていただければわかるとおり、日本の「森」で起きていることを背景に行われます。


それで、なぜ森? というところなんですが。

AAPAでは、これまで「劇場ではない場所での舞台上演」を続けていく中で、港湾に面した横浜を主な拠点として活動してきたこともあり、砂浜、海、ポートサイド、雨、地下水、ペットボトルと、多くの場面で「水」と接点を持った舞台を重ねてきた感覚があります。そんな中で前回の「PAPERGATE」では、創作の始まりとして「水面に映るビルの景色→森」というイメージが浮かび、チラシのイラストも、森を中心に置いたものを描いてもらいました。

水と森がつながる、というのは水が森から来る、ということから考えればそうね、という話なんですが、それよりも何か水を境目として、森とビルがあるよな、というところから、ことの発端が始まった感じがします。AAPAは、象徴としての「ビル」と距離を取って、水のある場所で活動してきたけれど、それよりもっと向こうには「森」がある場所があって、そことも距離を取っている。そんなことを、無意識に自覚し出した気がします。

「ビル」でもない、「森」でもない。そんな場所でやれることとは何なのか。

ここ数年、考えるというよりは動くことで、そんな自分たちに水に集まる習性があるということを確かめてた感があります。と同時に、その外側にある、森やビルの存在についても、徐々に見えてくるようになったのだと思います。

もちろん(と言ってしまうと投げやりのようだがそうではなく)、森のことは知らない。ただ、いま思えば、水のことも知らなかった。ビルの方に流れていくことに、素朴な抵抗として距離を取ったことが、結果的に水の流れに目を止めることを増やした、というだけで。

いま触れ始めている森についても、段々と触れることの多くなった水のように、意識するものになるかどうかはわからないけれど(森、あるいは木を、どう舞台で使っていくんだろう?)、日本の国土の7割は森林、とのこと。日本でどこかに行くなら、結構、森に当たる。それならいま、出会っておいて良いんじゃないかと。そんな気持ちを持って、だから森、の今回なのです。

2008年08月01日(金)

7/31 次回公演について

AAPAの次回公演は、8/30,31に岐阜の郡上市という山間部にて行われます。
公演の詳細が、主催者のwebサイトに掲載されましたので、ご案内させていただきます。(こちら

横浜から岐阜と、感覚的にかなりの移動ですが、新たな機会と思って今年の初めから準備を進めてきました。またこれまでと違った形の公演になると思います。

2008年07月31日(木)

11/7 たまには手紙を

将来のことを想像することはありますか?

たとえば、私はこういう大人になるだろうとか、子供がいるとしたら2人だな、とか。


自分は、あまり想像したことがないです。

思うのは、一人でいるときは何を考えているんだろうということで、思うのは、次に何をしなければいけないなとか、あそこにある物を1階のあの部屋に持っていこうとか、牛乳を食卓のこの場所に持って来ようとか、そんな類のことだと。

それはちょっと先の未来、将来のことであり、それが延々とスケールを大きくしていって、ああ大学入ったら私はこんなことをしているだろうなとか、社会人になって数年働いてちょっといい年齢になったらきっと、私はこんなこともできるようになっているだろうとか、そういうことなのか。

あるいは、突発的に流れてくる隕石のような、エネルギーが溜まって溜まって、臨界点で・・ということなのか。


いま、12月の舞台のリハーサルで、"view point"という演技のベースになるというワークを何回も繰り返して行っていて、それは簡単に言ってしまうと(対象となる)空間の中で起こっているすべての出来事に対してリアクションして動くことなんだけど、あるとき、みんな一斉に止まってしまう瞬間があるわけです。そして、そこから次に動き出すということに至るまでに、とても勇気がいる瞬間というのがあるわけです。象徴的な言い方だけど。

そんなとき、ああ将来という時間のことを想像してるなと、ふと自分は思うのです。

でも、将来を想像するというのは、さっき書いたとおり、実際どういうことなのかはまだ知らないなという、今日は、そういうことを考えた日だった。


2007年11月07日(水)

6/4 宇津貫の記憶

多摩美に初めて行ったという話を書いたばかりだが、AAPAが始まる前(2003年の夏)に舞台で音を流してもらい、再びLFで「環境音楽」として一緒に舞台を作ったDJのこーだ君が、足立区から(!)4年間通ったという東京造形大学も、自分の家からかなり近いという事実を、今さら知った。ニアミスしまくってんじゃないか。これは多摩美とほとんど同じような場所だな。

そして造形大の住所を見ると、宇津貫町とある。小学校のときに入っていた、学外のサッカークラブのグラウンドがあったところの地名だ。あの頃はとにかく何もない場所で、グラウンドだけがあった。今はポスト・ニュータウン(?)の、「みなみ野シティ」になっている。

2007年06月04日(月)

6/1 気づかされる

昨日のエントリーを書いた後に、夢を見た。

ひとのことを見ている自分がいるということは、自分を見ている人間もいる可能性があるということだ。それを気づかされた。夢で自分は、3人の手(1人は、手のような足)で身体を押さえつけられて財布を取られていた。これは財布をズボンの後ろに入れていたくなくなる。何だか実用的な夢だ。

ターミナルから大きく離れた自宅近くの駅を出ると、すぐ前方を国道が横切る姿が見える。

この国道を南下していくことはほとんど無いが、先月の19日に久しぶりにその機会があった。その日、バスで多摩美術大学へと向かう。多摩美は、自宅からかなり近くにある大学なんだなと思う。行くのはこれが初めて。大学の周りは、とにかく丘の上で、森のようなものが見える。

2007年06月01日(金)

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