『茅ヶ崎戯曲』
『茅ヶ崎戯曲』

公演内容

2004年夏、神奈川県茅ケ崎市サザンビーチちがさきに建設された『茅ヶ崎戯曲』を、パフォーミング・アーツを発表する場として企画・運営した際に行われたAAPAの自主公演。


■コンテンポラリー/ダンス/セッション
出演 澤田有紀×皆藤千香子
企画/制作 上本竜平

■夏、サザンビーチ、埴谷雄高 朗読劇 『死霊 九章』
日時 2004年8月26日(木)-28日(土) 各回19時開演(全3回)
原作 埴谷雄高 『死霊』 九章 講談社 1995
原作選 高見泰輔
構成/演出 上本竜平
出演 高見泰輔 龍田知美 上本竜平
ゲスト 水戸桜里枝(26日・28日)  

空間 サザンビーチちさがき 『茅ヶ崎戯曲』


> 公演写真 *別窓で開きます

> 公演レビュー (朗読劇 『死霊 九章』)


作品ノート (朗読劇 『死霊 九章』)

 今回、埴谷雄高著『死霊(しれい)』を取り上げる理由について、正面から答えるとすれば、<夏、サザンビーチ、埴谷雄高>という奇妙な組み合わせのもと『死霊』に登場するナイーヴな人物達に夜の砂浜を散歩して欲しいという、素朴な想いをあげると同時に、以下のような時代背景的な理由もあると言っておかねばなりません。

 つまり、『死霊』は<人間>の思考形式と存在形式を、"一編の小説の中だけで"一変せしめようとした世界文学の中でも突出した思考実験的作品である、ということ。そして、その作品の内容と並行して、現代は<人間>の思考形式や存在形式が大きく変容しつつある時代である、ということです。

 現代は<人間>とは一体何であるのか?という問いに誰も答えることができない時代になりつつあります。それはもしかしたら、私達自身が既に<人間ではない何者か>になりつつあるからかもしれません。そして次第に、私たちは、従来の<人間>を枠組みとして規定していた<生身の肉体存在>に、関心を寄せるようになっていきます。

 今回の朗読劇は、私たちがどのように変容するのかについて、埴谷さんが『死霊』において提出してくれた「虚体」という概念を通じ(一編の壮大な冗談として!)参照してみよう、というものなのです。


_あるひとつのあらすじ

 あるところに、津田安寿子と三輪与志という、若い女と男がいました。安寿子は、与志のことを心から強く好いていて、朝も昼も夜も、与志のことを思い続けていました。しかし与志は、人間存在の形而上学的な原罪(!)を解き明かすことに没頭しており、安寿子は与志が自分のことをどう思っているのか分からず、思い悩んでいました。

 そんなある日、安寿子は妙案を思いつきます。自身の誕生日会に与志に関係するひとたちを招待することで、与志の奥深く闇に沈んだ心を解き明かすヒントを得られるのでは、と考えたのでした・・・

 誕生日当日、与志の気持ちを解き明かすために仕組まれた、安寿子の祝宴が始まります。


_もうひとつのあらすじ

 あるところに、三輪与志と津田安寿子という、若い男と女がいました。与志は、安寿子のことを心から心から強く好いていて、朝も昼も夜も夢の中でも、安寿子のことを思い続けていました。しかし与志は、安寿子のそのあまりに美しい姿(!)に翻弄され、想い患い、安寿子のことを正視できず、自身の存在根源の原罪に思い悩んでいました。

 そんなある日、与志は妙案を思いつきます。自身が悩みに悩み辿り着いた思考の終着地を、「黒服」という通訳者を媒介することで、安寿子に自らの手で伝えることができるのではと考えたのでした。そして遂に与志は、ふたりによる創出を目指して「青服」の姿を取るのでした・・・

 安寿子の誕生日当日、与志によって仕組まれた、ふたりの祝祭が始まります。


会場に早めに到着すると、晴れた日には見事なサザンビーチの夕焼けをご覧いただけます。

薄紅色の風景が徐々に深みを増していくのを眺めながら、ゆったりと小一時間、夏の終わりに浸ってください。

昨年のイベントでも好評だった、湘南ビールの販売も行います。

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