2005年11月のノート
11/30 「めがわるい」と言えば
昨日のエントリーにひきつづき。
澤田有紀が眼科でダンスの話題とは、直近として離れますが、「めがわるい」といったら自分の場合、近眼です。自分もですから。物心つく前から。物心、つく前からメガネ。前からメガネ、メガネです。ボクデス&チーム眼鏡とか。メガネ活性化チームも。メガネでつながれます。
今日もあまりダンスの話はしていませんが、眼鏡/メガネで、ダンスとシンクタンクが繋がりました。
これもプライベートを超える、例なんでしょうか。つづきます。
2005年11月30日(水)
11/29 眼科には眼を治しに行くひとが集まるが
必ずしも、眼を治そうと思う人がすべて、眼科に行っているわけではない。
最近たしかに調子が悪いが、休日ゆっくり寝たら治るだろう、と思うひともいる。
眼科での、患者でもありつつ踊るダンスは、そんなひとたちの足を眼科に運ばせるのだろうか。そうなれば、プライベートからダンスは飛び出す(させられる)。
それにしても、なんでダンスなのか。つづく
2005年11月29日(火)
11/28 「眼を患ったので眼科(仮)で踊る」はプライベートか
昨日のコラムの内容を友達に話したら、モチベーション高い反応が返ってきたので、引っ張ってみます。
タイトルそのまま、これってプライベートなことだろうか?会話の話題となったときに共感が反射良く返ってきたところをみると、これはちょっと、飛び出してくるポテンシャルを持ってそうです。
2005年11月28日(月)
11/27 眼科とダンス
連日ですが、再び澤田有紀について。
彼女は、今年の夏前から左眼が見えない状態で踊ってきています。
そして今年の踊り納めが、眼科と名のつく画廊。やるね。
本番前に、耳が悪いことが分かった、昨年11月の公演。
その次の作品タイトルは、『右耳から聞こえる音、左耳から聞こえる音』
今回は、眼科と名の付く場所で踊りますよ。澤田有紀は。
2005年11月27日(日)
11/26 彼女の手
澤田有紀の新作披露の告知を書いていて、気になり始めたこと。
活動が先、ダンスは後。タイトルは、「恋する私」。
ストレートな作品として結実するか?なるのか?ならないのか?
澤田有紀のダンスが見せる、「常に何かが動いている」様子は今回はどう表れるだろうか。
昔読んだ、文章(ミラン・クンデラだと思う)のメモから。
「彼は動かずにじっとしていた。(略)彼は敏捷さにあふれる彼女の動作を眺めていたが、そんな敏捷さが彼女にあったとは知らなかった。彼女の言ってくることは聞こえないが、エネルギッシュに上下する手が見えた。その手が彼女の手だとはとても思えなかった。それはだれか別人の手だった」
2005年11月26日(土)
11/17 「アウェイ遠征」から三ヶ月
8月に、3人の若手劇作家を集める形で行われた『アウェイ遠征』。
その劇作家3人が、それぞれ新作に向けて動き出してます。
・「パンチドランカー」(作:八日市屋美保)→「宇田川と八日市屋」ハタアゲコウエン「泥舟スタアト」(blog)
・「私とワタシの四畳半」(作:鈴木厚人)→劇団印象第5回公演「望遠」
・「うわの空」(作:石神夏希)→>「スパーキングシアター‘05」『新聞のすみっこに載ってる小説』脚本(STスポット)
みんな12月に作品を発表します。
「アウェイ遠征」から、三ヶ月半から四ヶ月くらいのスパンで。
8月の次に、どんな作品を出してくるのだろう?と気になっています。
いま、この関心を共有する方法を考えて、準備を進めています。
2005年11月17日(木)
11/14 高校の時の、あの場所・あの日
最近、誕生日を迎えたので、私的なものをひとつ。
今も「あの日」として思い出せることがある。
そして問題なのは、事実としての記憶ではないんだと思う。
あれとあれとあれ、があの時に揃っていたこと。
そして今の、思い出すとき・話すときにある雰囲気。
手がかりになるのはこれだけだが、けっこう遊べる
ブロックだと思いつづけて、今も遊んでいる。
