2007年09月のノート
9/27 公演初日の前に
先ほど前日のゲネプロを終えて、日にちが変わり、今日の夜には『Papergate』の初日の幕が開く。
公演が始まる前にこのようなことを書く気になるというのも初めてだなと思うが、今回の作品の創作を通じて、自分としては確かに新たなことに気づいた気がするので、長くなりそうだが少し書いてみようと思う。
気づいたこと。
それは、自分が作り出すダンス/舞台というものが、あるひとつのテーマ・事象について、今までに見てきた記憶・印象をもとに再構築し、あらためて現前化させる行為なのだということ。ダンス作品を作る多くの人にとって、このことは自明のことなのかもしれないが、自分(上本)はこのことを今回、初めて明確に意識したと思う。
今回の作品、『Papergate』の根本的なテーマは、「東京近郊の夜の風景」。そしてそのイメージは、八王子と湘南台(神奈川県藤沢市)に住み、日中に電車での通学・通勤などを目的とした移動を頻繁に行い、住んでいる街にいる時間は多くの場合が夜という日々を、現在の人生の半分に渡り(13歳頃から)行い、その光景を目に焼きつけてきた結果の積み重ねとしてある。いつもの日常では思い起こさなくても、それは確かに、記憶・印象として存在している。そのことに気づいた。
もうひとつ気づいたこと。
自分の感覚と照らし合わせたときに、この舞台で展開していく現象は、「東京近郊の夜の風景」の要素を確かに表していると感じる(今日の深夜、実際に家の近所の国道近くの道を歩いていて、改めて実感した)が、一般的な認識(常識/ステレオタイプ)に沿ってイメージされるものでは恐らく無い、ということ。なのでダンスの舞台というのは、そういう類のもの(個人的な感覚と、一般的な感覚とでズレが生じていると意識的・無意識的に感じていること)を表現するために使うことができるものだと言えるのかもしれない、ということに気づいた。
そして更に言えば、作っているメンバーの間で認識が同じでない場合でも、舞台というものは作られるものであるし、かつそうであることが、結果的に表したいことの要素のひとつ(風景を目の前にしているときに、視野の中にある存在のことをよく知っているわけではないという事実)をごく自然に明らかにしているし、凡そそれが真実なのだ、ということに気づいた。
『Papergate』の創作プロセスは、先の作品テーマ及びそれに関連する簡単なエピソードを、まず上本から各パートのメンバーに伝え、その上で各自に具体的なプランを形にしていってもらう形をとった。そして実際に、各パートのプランがデッサンとして一通り出揃ったのは、本番2週間前。具体的に形を伴って勢揃いしたのは、現場入りをした本番2日前だった。
これまでのAAPAが、多くの場合、長期に渡り空間を間借りし、特に空間先行の形で、早い段階で具体的なプランを形にしてメンバーの前に提示していたのに対し、今回は一般的な劇場での公演と同様の運び(特に、空間に関して)だといえる。そのため自分自身もこれまでと勝手が違い、この直前になるまで、作品の最終的な姿を具体的にイメージしていない状態にあった。
もちろんこれは、AAPA(上本)が、「具体的なイメージ」とは何かと考える際、視覚・体感による空間把握ができているかどうかを重視するためなのだけれど、今回の場合は逆にそのことが、自分の作る舞台が「作品テーマについての自身の記憶・印象を再構築することそのもの」だということに気づく、貴重な機会をもたらしたのだと思う。かなり素朴な意味で、結果的に。
「冬の山」というタイトルで抽象性を伴う形で描かれた、冬の山の絵のように、今回の『Papergate』は「東京近郊の夜の風景」を抽象化し、印象に残る部分を際立たせて形にした。そのことを見てもらうことが、重要なのだと思う。
今回、初日を前に、こんなことを感じている。
2007年09月27日(木)
9/20 お待たせしました
『Papergate』の公演初日まで、あと1週間。
いま、全体を振り返っています。
