2008年08月のノート
8/15 夏らしい夏
8/30,31の岐阜公演まで、あと2週間。この公演に向けての準備は、3月の旧桜木町駅舎での「PAPERGATE」の公演が終了した翌週には岐阜に訪れ、実際に山に入るという形ですぐに始まった。そしてそれからひたすら、森に関わる様々なことについて、本を読んだりネットで調べたり、実際に様々な形で森に関わっている人々と出会い話を伺う、ということを重ねてきた。
そしてこの企画のコンセプトである「Migrate(マイグレイト)」の名の通り、森を知ること・体験することから、舞台の構想を練ること・稽古をすることに至る距離を、繰り返し「移動」していくことが、今回のプロジェクトには必要だった。これが簡単ではなくて、舞台を上演する場の「環境」に深く関わることと、実際に自分たちが行う舞台作品の創作との間に、どういう関係があるのかハッキリしない状況のなかで、その「関係性」を見つけ出すことができないままでいると、なんで離れた2つの間を「移動」しているのかよくわからなくなってしまう。
どうすれば、と繰り返し立ち往生するなかで、何度も「とりあえず中継点に設定した森に立ち返る」ことでようやく、移動してきたな、という感じ。今回はまさに、舞台作品を作るための時間以上に、舞台の背景になる「森」について知り、体験することに時間をかけたと言って良いと思う。
これだけ、舞台にとって「環境」になるものに時間をかけたのは、AAPAの活動を始めるちょうと1年前に、地域で文化活動をする魅力を見つけようと、サザンビーチちがさき(神奈川県茅ヶ崎市)で学生仲間と海の家を作ろうとしたとき以来だ。ある意味なつかしい、夏らしい夏かも。
2008年08月15日(金)
8/1 「森」なわけ
次回公演は、主催のG-net TOKYOが運営するサイトのこちらの詳細ページを見ていただければわかるとおり、日本の「森」で起きていることを背景に行われます。
それで、なぜ森? というところなんですが。
AAPAでは、これまで「劇場ではない場所での舞台上演」を続けていく中で、港湾に面した横浜を主な拠点として活動してきたこともあり、砂浜、海、ポートサイド、雨、地下水、ペットボトルと、多くの場面で「水」と接点を持った舞台を重ねてきた感覚があります。そんな中で前回の「PAPERGATE」では、創作の始まりとして「水面に映るビルの景色→森」というイメージが浮かび、チラシのイラストも、森を中心に置いたものを描いてもらいました。
水と森がつながる、というのは水が森から来る、ということから考えればそうね、という話なんですが、それよりも何か水を境目として、森とビルがあるよな、というところから、ことの発端が始まった感じがします。AAPAは、象徴としての「ビル」と距離を取って、水のある場所で活動してきたけれど、それよりもっと向こうには「森」がある場所があって、そことも距離を取っている。そんなことを、無意識に自覚し出した気がします。
「ビル」でもない、「森」でもない。そんな場所でやれることとは何なのか。
ここ数年、考えるというよりは動くことで、そんな自分たちに水に集まる習性があるということを確かめてた感があります。と同時に、その外側にある、森やビルの存在についても、徐々に見えてくるようになったのだと思います。
もちろん(と言ってしまうと投げやりのようだがそうではなく)、森のことは知らない。ただ、いま思えば、水のことも知らなかった。ビルの方に流れていくことに、素朴な抵抗として距離を取ったことが、結果的に水の流れに目を止めることを増やした、というだけで。
いま触れ始めている森についても、段々と触れることの多くなった水のように、意識するものになるかどうかはわからないけれど(森、あるいは木を、どう舞台で使っていくんだろう?)、日本の国土の7割は森林、とのこと。日本でどこかに行くなら、結構、森に当たる。それならいま、出会っておいて良いんじゃないかと。そんな気持ちを持って、だから森、の今回なのです。
